杉原千畝

  • 2019.03.23 Saturday
  • 23:28
20190310
 愛知県八百津町にある杉原千畝記念館に行ってきた。杉原千畝の生誕地である。千畝とは段々田んぼ「棚田」のことである。厳格な父親が名付けた。千畝は子供の頃から成績は一番で父親は医者にしたかったが、千畝は外交官を目指した。早稲田に進みロシア語を勉強した。苦労の末、外交官になり第二次世界大戦直前にリトアニアの外交官代理になった。戦争が目の前に迫り、ポーランドやドイツに住むユダヤ人は危機を感じリトアニア大使館に日本への通過ビザを求めた。日本は通過であり目指すところはアメリカであった。彼らはシベリア鉄道でウラジオストクに行き、敦賀を目指した。
 千畝は逃げてくるユダヤ人を救おうと何度も外務省にビザ発給の許可を求めたが、日本国外務省は許可しなかった。葛藤の末、千畝は自身の出世やクビになることより人道的立場を選択した。6000人にビザを出した。6000人の命が救われたのだ。救われたユダヤの人たちは戦後、千畝に感謝を伝えるために彼を探し続けた。日本国外務省に千畝の居場所を尋ねたが、外務省は杉原千畝という人間そのものがいないと回答した。日本国の方針に従わなかった官僚の存在を抹殺したのだ。しかし、そののち、偶然に千畝は探し続けたユダヤ人に会うことができた。喝さいを浴びた、自身の行為は図らずも報われた。
 ユダヤのことわざに「ひとつの命を救うことは地球を救う」というものがある。一つの命が累々と命をつなぎ多くの人類をつくりあげていく価値あるものだということである。千畝は6000人もの人の命を救った。だから千畝はユダヤ人から「宇宙を救った人物」として今も感謝の対象になっている。このような日本人がいたことに僕は誇りを感じた。いろいろな葛藤があったものの日本国の指示に反して千畝は人道の道を選択した。素直にえらいと思う。安倍一強に忖度をする今の官僚には千畝の爪の垢を煎じて飲んでほしいものだ。
 人道に勝る愛はないと思う。ぜひ、多くの人たちにこの記念館を訪れてほしい。今の日本人に失われつつあるものがここにあると思った。人とは何か?を再発見させてくれる。











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